福島県に代々続く某鈴木家の血が流れる父。
父方の曾祖父が、秋田美人と出逢い、某鈴木家の反対を押し切り、家を出て結婚。その2人の間に生まれた息子が、父方祖父。
そのため父方祖父の唯一の息子である父は、その某鈴木家の方々とは、殆ど関わりがないようでございます。そして、その父が持つY染色体ハプログループの繋がりは、父で最後となってしまいます(涙)
父は息子を望んでいたのですが、全て娘だったからでございます。
母のお腹の中で、私は男性ホルモンを大量に浴びていた形跡が、自分の両手薬指に出ておりますので(長い)、とてもおしかったのですが...この通り、女性として生まれてきてしまいました(汗)
私としても、どうせ不妊症ですので、男性として生まれてきた方が、子孫を残せたかもしれません。どうやら性別をミスったようでございます(笑)
既に、父方祖父母が他界してしまったため、父は自分のルーツを知ることが出来ず、私に、その福島県に代々続く某鈴木家について、調べて欲しいと頼んでまいりました。
...しかし...
現代では便利なもので、唾液だけで判る遺伝子検査というものがございます。
先祖代々の言い伝えよりも、正確な情報で、かなりの遺伝的な情報が得られるわけです。どのような系統で、何処から日本へ渡ってきたのか、遺伝的にどのような病気になりやすいのか...などなど。
そちらの情報の方が手っ取り早く、絶対的に役立つため、父にプレゼントいたしました。
遺伝子検査をした結果、父のY染色体ハプログループは、『ハプログループC』と判明いたしました。結果内容としては、日本固有の縄文人のようでございますが、サブグループは不明。
日本でも少数派であり、サブグループによっては、解釈も違ってくるため、どうにかサブグループも教えて頂けないかと交渉してみましたが、残念ながら無理でした。
鈴木家というのは、『元は物部家』で、有名な名字でございます。
某サイトに物部家の子孫の方々のハプログループ情報から、物部家の祖である饒速日命のハプログループは『ハプログループD』と推定されると、記載とされてありましたので、Dだとばかり思っていたのですが、鈴木家の父はCでございました。
「これは、どういうことだろう?」と思い、調べましたところ、「ムムッ!」となる情報をゲットいたしました。
★穂積氏★
そもそも鈴木家の本姓は『穂積氏』でございます。
【Wikipediaの内容から】
大和国山辺郡穂積邑および十市郡保津邑を本拠地とした有力な豪族で、神武天皇よりも前に、大和入りをした、『饒速日命が祖先』と伝わる神別氏族。
『物部氏族の正統』とされ、熊野国造家や末羅国造家とは同祖とされる。
子孫の一部は『鈴木』を称し、藤白鈴木氏として続いた。
...解りましたでしょうか?
物部氏族の『正統は穂積氏で、子孫の鈴木家』の方だったのでございます!
★饒速日命のハプログループ★
正統が鈴木家なのであれば、饒速日命は『ハプログループC』である可能性の方が高いということになります!
きっと現代に続いている物部家というのは、同じ縄文系である『ハプログループDの婿をもらったか、養子にもらったかで、そこから続いているという家系』なのかもしれません。
考えてもみれば『古代は女系継承』と聞いたことがございます。そのためでしょうかね。
★さいごに★
もしも、この考え方が正しければですが、ここから更なる可能性も出てまいりました。
『ハプログループDよりも、ハプログループCの方が、先に日本へ来ていた』
かもしれません。
...というか...
実は、その順番のように考えられており、CそしてDとされているのでしょうか?
あまりハプログループについては、詳しくありませんので、そこら辺は、よく解りませんし、間違っていることもあるかもしれませんが...こういう謎解きは大好きで、ワクワクして、たまりません(笑)
...ちなみに...
父は『遺伝的にも子孫を残しやすいタイプ』でございました。それで日本国内の鈴木さんは多いのかもしれません。
...しかし...
日本国内の鈴木さんが多いのに、ハプログループCは日本では少数派な謎。
...ということは...
東北の鈴木家には多いと思われますが、『他の地域の鈴木家に関しては、婿にもらったり、養子にもらうなどして、Y染色体ハプログループじたいが違ってしまっている』可能性が考えられますね。
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